世間を騒がせ建築業界を中心に多大な影響を与えている杭打ちデータの偽造事件。10年前には構造計算書の偽造事件がありましたが、これらの事件はどちらの方が世間に影響を与えているのでしょうか。
杭打ちデータの偽造事件が落ち着いた今、あらためて振り返ってみましょう。
構造計算書の偽装事件
2015年10月、三井不動産レジデンシャルが販売した横浜市のマンションが傾くという事件が発覚しました。杭打ち工事は旭化成建材が手がけており、旭化成は杭打ち工事のデータを改ざんしていたことを認めました。その10年前の2005年には、元一級建築士による構造計算書の偽装事件、いわゆる「耐震偽装事件」が発生しました。これらの事件では建築業界を中心に非常に大きな影響を与えましたが、事件は一建築士や一企業だけが悪いのではなく、業界の慣習や制度、構造にも問題があることが分かりました。これらの事件の背景には何があったのでしょうか。2つの事件はどちらの方が大きな影響を残したのでしょうか。今回は2つの事件の概要と背景、その影響を比較してみましょう。
まずは耐震偽装事件の概要から見てみましょう。
■ 耐震偽装事件の概要
元一級建築士が構造計算書の偽装をはじめたのは1997年5月ごろからでした。元建築士は自分の設計するマンションやホテルの耐震強度を偽装しており、それを検査機関が見抜けず、20件のマンションと1件のホテルが耐震性に問題のあるまま建築されました。2005年に検査機関の内部の者からの告発によって立入検査が行なわれ、その結果偽装が発覚しました。耐震物件が多数に及び、行政による支援も充分でなかったため、元建築士は入居者へ充分な補償を行なうことができませんでした。問題は国会諮問にまで持ち込まれて自殺者まで発生しました。2008年には元建築士は実刑が確定し、懲役5年、罰金180万円となりました。住居という個人にとっては大きな財産であり、さらに万が一の場合には人命にも影響することから、社会問題化したことは覚えている方も多いと思います。
なぜこのような問題が発生したのでしょうか。元建築士は鉄筋の量を減らすことでコストを削減、設計時間を短縮しており、その分の利益を不当に得ていました。そして設計利用する構造計算プログラムはブラックボックスになっており、検査機関はそのプログラムの内容まで見て検査していなかったため、告発まで事件の発覚が遅れてしまったのでした。
■ 耐震偽装事件の影響
一般的にニュースで報道されたのは耐震偽装事件とその事件の背景までですが、実は建築業界にとってもっと大きな問題だったのが、その後の影響です。事件の発覚から改正建築基準法が施行され、施行前の審査が厳しくなりました。その結果、建築認可がなかなか下りない、という事態が発生し建築業界には大きなマイナスの影響がでました。事件以前は1ヶ月で建築許可が下りていたのですが、事件後は半年以上かかることもあり、それまでは建築が開始できず、販売開始することもできず、建築業界も不動産業界も供給ができない状況になったのです。供給できないということは利益がでないということです。そのため中には倒産した不動産会社も生まれ、仕事がなくなったことから転職した職人も発生しました。
杭打ちデータの偽造事件の概要
■ 杭打ちデータ偽装事件の概要
それでは次に、2015年に発生した杭打ちデータの改ざん事件の概要を見てみましょう。三井不動産グループが販売した横浜市の大型マンションで杭打ちに関するデータが改ざんされており、このマンション強度に問題があることが発覚した問題です。旭化成建材が施行したこのマンションでは、杭打ちのデータが別の工事のデータから流用されたものであり、マンションの基礎になる杭が支持層まで届いていないことが分かりました。杭打ちデータの調査は旭化成建材が施行したすべての建築物が対象となり、旭化成建材が施行した全国の3000件以上の物件のうち、100件以上で改ざんが行なわれた可能性があるということが分かっています。
Yahoo! ニュースで「杭打ち」と検索するとたくさんのニュースが出てきます。杭打ちデータ偽装の問題は、事件の当事者である旭化成だけでなくその他の多くの企業で発覚し、業界レベルで不正を許してきた構造に問題があると言われています。
■ 杭打ちデータ偽装事件の背景と問題
なぜこのような事件が起こってしまったのでしょうか。杭打ちという作業やデータの流用などは、すべて下請けの現場代理人の行なったことです。しかし、実際には全国で同様の事件が発生しているのであり、それを見過ごしてきた企業・業界全体に責任と問題の所在が存在すると考えるのが妥当です。今回の事件も当初は個人が起こした事件のように報道されていました。しかし調査が進むに連れて企業・業界全体で慣習的にデータの流用が行なわれていたことが分かりました。
現場ではデータの記録紙は機器の不調や雨や泥による汚れで正確に読み取れない、というケースが日常的に発生していました。そのような場合、データは別の工事のデータを流用して使う慣習になっていたようです。現場では杭が地盤に到達したと確認できれば問題ないと考えられており、データの流用は問題視されていなかったのです。これが今回のマンションが傾いた事件によって発覚したのです。
■ 杭打ちデータ偽装事件の影響
この問題の根源はどこにあるのでしょうか?調査の進展によって、杭打ちデータの改ざんは業界では慣習的に多く許されてきたということが分かってきました。耐震偽装事件の後では設計段階での検査が厳しくなり建築許可がなかなか下りなくなるほどでしたが、それは設計段階に留まっており、より大きな問題となった現場レベルの問題は放置されてきました。
耐震偽装事件で設計されたマンション・ホテルは、東日本大震災のときも倒壊には至っておらず、実際の耐震性にはそこまで問題がなかったことが分かります。しかし今回は杭打ちデータ偽装事件では、実際にマンションが傾いており、マンションの構造には決定的に強度が欠けていることが分かります。今回の杭打ちデータ偽装の問題は、耐震偽装事件よりもさらに深刻な問題です。それは実際にマンションが傾いているという事実が発生しているということだけでなく、その偽装が業界全体で行なわれていたからです。実際に強度問題が顕在化しているという点、そしてそれが業界全体で慣習的に行なわれているという2つの点で、耐震偽装事件よりも杭打ちデータ偽装事件の方が重大な問題であると言えるでしょう。この事件によって建築業界に大きなダメージが与えられることは確実です。
耐震偽装事件と杭打ちデータ偽装事件に共通しているのは、建築業界の持つ構造的な問題です。問題の1つは、ゼネコンなどの元請けの利益追求の負担が下請けに押し付けられ、下請けは後期やコストの縮小に関するプレッシャーが与えられているということです。プレッシャーを与えられて余裕を失った下請けや建築士が不正によってつじつまをあわせようとする、そのような構造が見えてきます。
もう1つの問題は、建築業界が慢性的な人手不足にあるということです。建築業界の現場の仕事は「3K」と言われて避けられがちであるだけでなく、2005年の耐震偽装事件のときには一時的に生産がストップしたことにより仕事を失った一部の職人が転職していきました。事件によって人手不足がさらに加速したわけです。今回の事件は耐震偽装事件以上に深刻な問題であるため、これまで以上に人材が建築業界から流出する可能性は充分にあります。これら2つの建築業界の構造的な要因を取り除くことができなければ、再び大規模な不正が発生してしまうのではないでしょうか?第三者による監視の目を強化すること、モラルを高めることも重要ですが、構造的な要因を業界内部から是正していかなければならない時期に来ていると言えるでしょう。